国会質問

質問日:2009年 3月 25日 第171国会 厚生労働委員会

戦没者遺族特別弔慰金法改正案 質疑・採決

 高橋ちづ子議員は25日の衆院厚生労働委員会で、一般の戦災被害者の支援について政府の姿勢をただしました。

 高橋氏の質問に、厚労省は遺族年金と特別弔慰金の総額が約7兆2,000億円、援護年金の支給者数が開始当時の36万人から現在1万9,722人になっていること、特別弔慰金交付国債の支給件数が現在までにのべ995万5,000件にのぼることを明らかにしました。

 空爆などの被害を受けた市町村と犠牲者について高橋氏は、総務省がこれ以上の数字はないとする日本戦災遺族会の調査(1977年)で、宮城県石巻市、福島県いわき市や最後の空襲といわれる秋田市の土崎空襲なども「不詳」として犠牲者はおろか日付すら記載されていないことを指摘。語り継がれてきた被害の実態をきちんと記録に残すよう求めました。総務省は関係の市町村や遺族に協力を求めて記録に残していきたいと答えました。

 高橋氏は、当初3,990人の犠牲と発表された東京大空襲についても、「東京大空襲を記録する会」などがねばり強く取り組んできた結果、多大な犠牲の実態が明らかになってきたと指摘。一般戦災者の被害実態を小さく見せる政府の姿勢を批判しました。

 舛添要一厚労相は、「国として所管する場がないが、東京大空襲など指摘された点は良く理解させてもらいたい」と答えました。

(2009年3月27日(金)「しんぶん赤旗」より転載)

 

――― 議事録 ――――

○高橋委員 日本共産党の高橋千鶴子です。

 けさの新聞報道で、原爆症訴訟の十二日の東京高裁判決について、厚労省が上告する意向を固めたという記事がございました。

 これを問えば、先ほどの柚木委員の質問に対するお答えのように、協議中であるという答弁になるかと思います。しかし、やはり報道が出たということで、私は非常に危惧を持っております。

 十八日の広島地裁のこともございます。政府はこの間、十五連敗。とりわけ昨年四月の新しい審査の方針以降も、九判決すべてで、なお被爆の実態に合っていないという判決を受けているわけです。これ以上時間稼ぎをするべきではない、上告は決してするべきではないと思います。一言ございましたら、お願いします。

○舛添国務大臣 政府として、この二つの判決に対してどういう対処をするか、まだ検討中でありますが、皆さん御高齢になっていますので、一日も早い解決のために真摯に取り組みたいと思っております。

○高橋委員 これ以上の時間稼ぎを絶対しないように、重ねて要望したいと思います。

 次に、議題に入りたいと思うんですけれども、まず簡潔にお伺いします。戦傷病者戦没者遺族等関係でこれまで支給されてきた特別弔慰金や給付金など、どのくらいの方に、そしてどのくらいの額がこれまで支給されてきたでしょうか。

○及川政府参考人 お答え申し上げます。

 戦傷病者戦没者遺族等援護法に基づく援護年金の、昭和二十七年法律制定時から平成十九年度末までの支給総額でございますが、約三兆八千億円でございます。

 また、戦没者等の遺族に対する特別弔慰金支給法等に基づく交付国債で、制度創設から平成十九年度末までに支給されました総額が約三兆四千億円でございます。

 また、援護法に基づく援護年金受給者数でございますが、制度創設時は約三十六万人、また平成二十年十二月末現在におきましては一万九千七百二十二人でございます。

 また、御遺族に対する特別弔慰金、各種特別給付金に基づく交付国債の延べ支給件数は九百九十五万五千件でございます。

 以上でございます。

○高橋委員 もう一つ、軍人恩給というものがございますけれども、これも総務省に調べていただいて、昭和二十八年、三十三万一千人に対し五百六十五億円から始まったものを二十一年度まで積み上げていきますと、五十二兆二千四百七十九億円に上るということがわかっております。

 今のお話と合わせると、六十兆円を超すお金がこれまで軍人軍属関係者の方々に支給をされてきた。これまでの戦後処理というのはそれほど重いものであるということで、こういう数字であるということを受けとめたいと思うんですけれども、あわせて、きょう指摘をしたいのは、しかし一方では、一般戦災被害者には一円の支援もないということ、このことが今大きく問われているという問題であります。

 総務省に伺いますが、これまで空襲、空爆などの被害があった市町村は、昭和五十二年の戦災遺族会による調査がございまして、一都一道一府三十八県百四十九市町、十八万六千四百十四人の死者と二十三万三千三百五十三人の負傷者の記録がございます。この後の新しい数字はあるでしょうか。

○須江政府参考人 その後の新しい数字というのはございません。

○高橋委員 そこで、この調査は非常に御苦労されてやられたと思うんですけれども、拝見しますと、三十自治体で空襲や空爆の日付が、年度すら不詳となっているところがございました。それ以外にも、年度はわかるんですけれども、死者、負傷者の数がほとんど不詳であるということもさらに上っている。しかし、名前が挙がっている以上、あったことはわかっているはずなわけです。なぜこうなったのだろうと思います。

 東北で言うと、宮城県の石巻市、二十年の七月から繰り返し繰り返し襲撃を受けております。あるいは、三月十日、東京大空襲の帰りに攻撃されたと言われる福島県いわき市。八月十四日、最後の空襲と言われている秋田の土崎空襲、あと十二時間遅ければ戦争は終わっていたのに、そういう思いで地域ではずっと語り継がれてきたはずであります。

 地域の掘り起こしをやっている方々、こうした方々の御協力を得ながら記録を更新していく必要があると思いますが、いかがでしょうか。

○須江政府参考人 お答え申し上げます。

 御指摘の全国戦災史実調査につきましては、社団法人日本戦災遺族会が昭和五十二年に行ったものでございますが、各県市から、必ずしもすべてについて詳細な回答が得られたわけではなく、やむなく不詳となっているものがあるというふうに承知しております。

 総務省といたしましては、一方でこの全国戦災史実調査や他の調査なども参考としながら、各地の戦災都市や御遺族の方々の御協力をいただきながら空襲等に関する情報を整理してきておりまして、平成十八年から、一般戦災のホームページを通じて情報を提供しているところでございます。

 今後とも、引き続き各都市や御遺族の協力をいただきながら、より記録がきちっと残るような形で取り組みを進めてまいりたいというふうに考えております。

○高橋委員 ということは、今の昭和五十二年の記録以降の新しい数字はないというのが最初のお答えでしたけれども、その後これを、今私が指摘した自治体なども含めて記録を積み上げていくのだということでよろしいですか。

○須江政府参考人 お答え申し上げます。

 その昭和五十二年の調査の時点では不詳となっているところもあるので、改めて関係市町村に照会をかけながら、逐次整理をしていきたいというふうに考えております。

○高橋委員 よろしくお願いしたいと思います。

 東京大空襲も、今は約十万名が亡くなったなどということが言われておりますけれども、当初、東京都が発表したのは三千九百九十人でありました。文字どおり、東京空襲を記録する会の方々などが名簿の記録を呼びかけて、本当に粘り強く取り組んできた中でこうした数字が積み上げられてきたと思うのであります。

 今、被害の数を小さく見せる一方、しかし、一般戦災についてなぜ補償しないのかと問われれば、国民すべてが犠牲者だから受忍せよと大きく言ってしまう。これは極めて矛盾しているのではないか、私はこのように思います。

 政府は、昭和五十九年、戦後処理問題懇談会報告で、「もはやこれ以上国において措置すべきものはない」という結論を出しておりますが、今もこの立場に立つのかお答えください。

○及川政府参考人 厚生労働省におきましては、戦後処理問題懇談会におきまして主に議論されました恩給欠格者問題、戦後強制抑留者問題及び在外財産問題につきましては所管しておらず、お答えする立場にないと考えておりますが、政府においてこの報告書から立場が変わったとは承知しておりません。

○高橋委員 立場が変わったとは承知しておりませんということは、措置すべきものはないということになるわけであります。

 そうすると、例えば、二〇〇六年の六月二日の当委員会で、私も戦後処理問題で残された課題は何かということを質問しております。当時、川崎元厚生労働大臣は、シベリア抑留、遺骨収集などがございますと答えております。また、中国残留孤児の問題もその後に大きな進展があり、政治決着を見ることがあったわけです。今話題にした原爆症の問題も、まだ認定基準を見直せということを私たちは言っているわけですけれども、しかし大きく踏み込んできた。

 そういうことでいえば、そもそも、政府が昭和五十九年に言った「もはやこれ以上国において措置すべきものはない」という結論はもう変わっている、根拠は崩れていると見るべきなのではないか。一般戦災者の問題だけが何の検討もされないのはおかしいと思いますが、いかがでしょうか。

○舛添国務大臣 軍人軍属の場合は国と雇用関係があるということで、今の補償というような形で、援護年金のような形でやっておりますけれども、一般の戦災者に対してどうするかということ、これは政府の中に管轄するところは、ある意味ではありません。

 それで、さまざまな問題がありますけれども、遺骨の収集、抑留者の問題、さまざまな問題の中で、例えば諸外国はどうしているんだろうか。ドイツは、ドレスデンを含めてすべて火の海になった。こういう国々はどうしているんだろうか。こういうことを考えましても、一般戦災者に対して戦後処理をどうするかというのは、それは極めて大きな問題であると思いますので、私は、戦後処理懇談会の形で皆さんがああいう結論を出したというのは一定の理解をしております。

 ただ、高橋委員がそういう問題意識をお持ちになって、こういうことにも、特に三月十日の東京大空襲、こういう問題も忘れちゃいけない、しっかり考えなさい、そういう問題意識については、きちんとよく理解をさせていただきたいと思います。

○高橋委員 今のお答えをどう受けとめたらいいのかと、今、少し考えているところであります。

 前段に、その所管がないというところがあったと思うんですね。私たちは、この問題は、例えば参議院でも福島瑞穂議員が取り上げたりされておりますけれども、やはり戦後補償を掲げてきた厚生労働省が所管するのが当然ではないかという立場に立っているわけであります。また、そのときの一つの参考になる、いわゆる戦時災害保護法、これがもう既に廃止になっているわけですけれども、それを所管していた者が厚生労働省であった。

 そういうことで、今、どこの法律にも、あるいはどこの省にもかからないものがあるとすれば、やはりそれは厚労省が責任を持つ、あるいは大臣として声を上げていくことがどうしても必要なのではないかと思うんです。

 八七年の名古屋空襲訴訟では、「戦争犠牲ないし戦争損害は、国の存亡にかかわる非常事態のもとでは、国民のひとしく受忍しなければならなかったところ」として、その後の受忍論の根拠とされました。しかし、判決文は続けて、戦争犠牲者の人的損害を補償し、あるいは、その救済のためどのような立法措置を講ずるかの選択、決定は立法府の広い裁量にゆだねるとしたもので、いわゆる政治が決めることだと言っているわけです。

 この立場にお立ちになるでしょうか。

○舛添国務大臣 何もかも政治が決めるのではなくて、その前提に、歴史をどう見るかという大問題がございます。

 私の家族を含めて、私は北九州八幡というところですから、物すごい空襲が毎日のように起こっている。では、それは、殺したのはだれなのか。アメリカのパイロットですよ、原爆を落としたのはアメリカですよ。一部の方々は、アメリカに補償を要求すればいいじゃないかと言う方々もおられる。しかし、ある歴史観では、だれが戦争を起こしたんですかと。日本が悪いんですか、国際情勢の責任ですか、アメリカが悪いんですか。

 さまざまな歴史解釈がありますから、これは国民的な議論をよく起こして、そして国民の合意、しかし国民の合意といっても、やはり歴史の解釈というのは非常に難しい問題があると思います、その方々のイデオロギーとか党派にもよりけり。

 そういう観点から見たときに、私は、一般戦災者についてなぜ扱いが難しいかというと、そこに帰着をするということでありますから、これは、私のごとき一政治家がこれはこうだと、今大臣の職にたまたまありますけれども、厚生労働省としてこうしなさい、政府として裁量の余地ですからこうしなさい。しかし、私は、それを言うのは越権だろうと思います。これは歴史の解釈ということの深い問題がございますから、国民の皆さんとみんなで考えて結論を出す問題だ、そのように思っております。

○高橋委員 イデオロギーの問題だとおっしゃるのであれば、原爆の訴訟がこんなに長く続いているのも、まさにそのことを認めたくないからなのかなということをやはり言わざるを得ないわけなんです。同じ障害を受けて、何の保護もされずにずっと苦しんできた皆さんが、二年前ですけれども、なぜ今訴訟に立ち上がったのか。それは、立ち上がるまでは生きることに精いっぱいで、とてもそういうことを思いもつかなかったことと、気持ちの整理ができなかった、そうした中での今の訴訟ではなかったかと思っています。

 アメリカに対しても、当然、これは損害賠償を求めています。それと同時に、国に対して求めているのは二点です。被害者、犠牲者への誠意ある謝罪、法のもとの平等を実現して、民間被災者に賠償の二点であります。

 もうだれも裁けない、それがわかっているのであれば、しかし、何によっても補償されない方たちに対して国がやるのは当然ではないか。このことを重ねて指摘して、きょうは時間になりましたので、終わりたいと思います。

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