国会質問

質問日:2009年 5月 27日 第171国会 厚生労働委員会

臓器移植四法案質疑

 日本共産党の高橋ちづ子議員は二十七日の衆院厚生労働委員会で、臓器の移植に関する法律の改正案として議員有志から提出されている四案について質問しました。

 高橋氏は、法的脳死判定基準は、六歳未満の子どもについては行えない、とされていることを指摘。現行法の十五歳以上という年齢要件を取り払い、親の承諾で子どもの臓器移植を認めるA案であっても「六歳未満の移植は行えないのは変わらないか」と質問しました。厚労省の上田博三健康局長は、六歳未満は行えないとする脳死判定基準は「変わりません」と答弁。A案提出者の河野太郎議員(自民)は、「現行の省令では判定を行うことはできない。省令が改定されることを期待している」と述べました。

 高橋氏は、子どもの虐待の有無を判断するため病院内の第三者委員会を創設するD案について、被虐待の有無の判断が脳死判定に入る前提とされているが虐待の判断について小児学会調査で34.2%が「適切に行えない」と回答し、判定には三十日から数ヶ月かかるという指摘もある中で可能なのか、と質問。岡本充功議員(民主)は、「可能な範囲で、迅速に判断していく仕組みを第三者委員会の中で、厚生労働省令で詳細を定め、決めていきたい」と述べました。

 高橋氏は、本人の意思表示がない場合は、提供するかどうかは家族の判断に委ねられることになるA、D案について、「大切な子どもを失うかもしれないというショックと混乱の中、選択を迫られる家族の負担は重すぎるのではないか」と述べ、臓器提供後も自分を責めるなどするドナー家族の声をもっと拾い上げ、慎重に検討すべきだと提起しました。

(2009年5月28日(木)「しんぶん赤旗」より転載)

 

――― 議事録 ――――

○高橋委員 日本共産党の高橋千鶴子です。

 この間、小委員会で重ねてきた参考人質疑、どの方の発言も本当に非常に貴重な感銘を受ける発言だったと思います。一日も早く移植を待つお子さんの御家族の叫びや、あるいは脳死は人の死と言われるけれども、我が子は生きているんだと訴える御家族の声を聞いて、だれも心を動かされない人はいないと思います。だからこそ慎重審議が必要ではないか、このことを重ねて訴えたいと思います。

 早速質問に入ります。

 今回の最大の争点は、子供の臓器移植をどこまで認めるかということだと思います。A案は、年齢要件を取り払い、拒否をしていない限り、親の承認によって認めようとしています。現行法は遺言可能年齢として十五歳以上を対象としているものの、公的に認められた脳死判定基準は六歳未満の子供については行えないとされ、十二週未満は除外されております。

 先に政府に確認ですが、仮に対象年齢を下げたとしてもこの点は変わらないと思いますが、いかがですか。

○上田政府参考人 御指摘のとおり、変わりません。

○高橋委員 そうすると、A案の方にも同じことを伺いたいと思います。

○河野(太)議員 現行の省令では、六歳未満の者に対しては脳死判定を行うことはできません。これは法律が改正されても同じでございます。

 ただし、法律が改正されて、十五歳未満は意思表示ができないというところがなくなれば、当然に、今までも厚生省の研究班が小児の脳死判定基準の報告をしているわけでございますので、そうした報告に基づいてこの省令が改正されることを期待しております。

○高橋委員 今のA案について重ねて伺いますが、厚労省の研究班でも、確かに、六歳未満の場合、症例研究を行って、判定の一定の時間をこれまで以上にとるとか、さまざまなことでやっていかなければいけない、言ってみれば、今の基準を書きかえなければならないということを先生はおっしゃっているんだと思うんですけれども、それにしても十二週未満は除外をされている、それはよろしいですね。

○河野(太)議員 そこはもう医学的な御判断でございますので、十二週未満が除外されているというならば、十二週未満については除外をするというところは変わらないと私は思っております。

○高橋委員 どんな場合でも一足飛びに進むのではないのだということをあえて確認させていただきました。

 D案の方は、脳死判定に移る前に院内委員会において虐待の有無を判断するというスキームになっております。これまでも参考人の質疑の中で繰り返されてきたように、小児科学会でも、虐待の判断について三四・二%が適正に行えないと答え、また、その判定には数日から長くて数カ月かかると言っています。D案の場合は、脳死判定に移る前にこのことが明確にならなければならないと。そうすると、子供の死因の第一は不慮の事故であり、多くの事例がこれを疑わざるを得ないという背景の中で、このことを、要するにそれだけの日程をきちんととるというつもりなのか、あるいはそうじゃないことを考えていらっしゃるのか、伺いたいと思います。

○岡本(充)議員 お答えいたします。

 先生御指摘のとおりです。確かに、虐待の有無について判定が難しいケースもありますし、疑いが残るものもあると思います。もちろんそういう疑いが残るものについてはこの脳死判定のプロセスから外れることとなるわけでありまして、その疑いがあるかないかということについて、可能な範囲で適切にそして迅速に判断をしていくという仕組みをこの第三者委員会の中で、厚生労働省令で詳細は定めることとなりますけれども、決めていきたい、そういう趣旨を持っております。

○高橋委員 そうすると、今の、数カ月も現実にかかっているものを省令でどこまで書き込めるのかというのはまだ非常に課題が残るのではないか。それはA案に対しても同じことを指摘させていただきたいと思います。

 それで、先ほど枝野提出者が、脳死基準を厳格にしようとしているC案では、またその他の条件も他の案にないことがきめ細かく書かれているために、むしろ臓器提供はふえるのではないかというようなことをおっしゃっておりました。そうすると、逆に、条件が整備されるということでいわゆる年齢の枠というのがどういうふうになっていくのか、つまり、条件を整えるのだから引き下げるということを念頭に置いているのか、一言伺いたいと思います。

○阿部(知)議員 お答えいたします。

 条件を整えることと年齢の引き下げというのは必ずしも同時的なことではないと思います。

 先ほど高橋委員もおっしゃったように、例えば子供の脳死判定基準というものも、小児科学会では、その判定の折に年齢によってグレードをつけて何時間後に見直すというふうなことで、より厳密化を図っております。

 結局、子供の臓器移植という問題を考えると、これは皆さんもWHOのガイドラインをぜひ本当によく読んでいただきたいんですけれども、海外渡航移植を禁止したという条項は一つもなく、二つ述べられております。自給自足というところについては、心停止後のドナーを活用しなさい、それからもう一つは、原疾患を少なくしなさいと。子供の拡張性心筋症については、この十二年、実に治療が進歩しました。ですから、すべて医学の進歩、治療の進歩、その究極のところにある臓器移植という全体で考えていただければと思います。

○高橋委員 よろしいと思います。WHOの問題は小委員会でも説明があったわけですけれども、それの中でもやはり、阿部提出者がおっしゃっているように、全否定ではないのだということであったと私も理解をしております。

 そこで、自己決定との関係なんですけれども、D案は、十五歳以上は現行法で、それ以下は家族の承諾という二重基準になっており、先ほど来も指摘をされているわけですけれども、やはりこれは矛盾するのではないかと思います。

 また、線引きをして、そこから先は現行法と同じですよ、自己決定を尊重しますよというのであれば、なぜ十五歳なのだろうか。つまり、自己決定ができるのであれば、十二歳あるいは十歳という議論も成り立っていくわけでありますが、その根拠があいまいではないかと思います。いかがでしょうか。

○岡本(充)議員 お答えさせていただきます。

 どこかで自己決定ができる年齢というのをやはり決めなきゃいけない。それは、ゼロ歳から自己決定ができるかといえば、どなたもできないというふうに言われる。一方、二十になれば当然成人しているわけですから、どなたもできると言われる。そのどこに線を引くかということは議論があるかとは思いますけれども、先ほど来御答弁させていただいておりますとおり、いわゆる遺言作成可能年齢というのは一つの参考になるのではないか、自己の死後のさまざまな財産やさまざまな自分にかかわることの処分決定ができる年齢は一つの参考になるのではないかというところで我々は十五歳で線を引いたということでありますので、その点御理解いただきたいと思います。

○高橋委員 十五歳で線を引いて、現行法のように、そこから先は移植が不可能ですよという場合だったらわかるんです。逆に、そこから先は、つまり十五歳未満のときは自己決定ではなく親に判断をゆだねられている。そうすることによって余りにも親の負荷が大き過ぎるのではないかということがあるからこそ、その点については慎重に、そういう線引きのあり方というのはいかがかなということをあえて指摘させていただきました。

 では、逆に、B案が十二歳以上という形に線引きをした根拠について伺いたいと思います。

○石井(啓)議員 現行法は、先ほどD案の提出者から答弁がありましたとおり、遺言状作成可能年齢という民法の規定を引いて十五歳にしているわけでございますけれども、私どもは、中学校に上がるぐらいの年齢になれば、臓器提供について自己決定できる子供さんも出てくるであろうという判断から、十二歳にしたところでございます。

 ただ、これは十二歳の子供すべてにこの自己決定を求めているわけではありませんで、自己決定ができる子供さんにその道を開いているということで、十二歳まで自己決定可能年齢を引き下げたというものでございます。

 B案については、当面十二歳ということにしておりますが、教育、普及啓発等を進めることによりまして、この十二歳という年齢もさらに引き下げることは可能ではないかというふうに考えているところでございます。

○高橋委員 ありがとうございます。

 今、私、年齢の線引きの問題で、自己決定ということにこだわっているわけではなくて、むしろ、本人の意思表示がない中、家族に判断がゆだねられるということが余りに重くないかということに非常に問題意識を持っております。現行でも、ドナー家族が提供を承諾した後も自分を責め続けているなど課題となっている一方、移植を待つ家族に比べてドナー家族の声はまだまだ拾えているとは言えないのではないか。ここを本当に慎重に扱う必要があるのではないかと思うんです。

 そこで、具体的なことを聞きたいんですけれども、現場がどうなるのかということなんです。つまり、本人の意思表示がない、家族としては大切な子供を失うかもしれないというショックと混乱の中、まだ何も考えられない中で、臓器提供の有無について選択を迫られることになります。それが指定病院だった場合、必ず家族に提供の意思を聞くというふうに決めるのか、A案の方に伺います。

○河野(太)議員 必ず聞くということにはなりません。そこは、コーディネーターの方との話その他ということもございますし、法的脳死判定に必ず行くということになるかどうかということも、そこは現場の判断ということもありますので、必ず聞くということにはならないんだろうと思います。

 しかし、法的脳死判定がもし行われるのであるならば、それは必ず家族の意思を聞かなければならない。しかし、法的脳死判断に一律行くということではありませんので、必ず家族に意思が問われるということにはならないというのが理解でございます。

○高橋委員 その見きわめをだれがどのようにするのかということが非常にあいまいではないか。つまり、脳死は人の死とあえて書いてしまった以上、先ほど阿部提出者も指摘をされていたように、脳死判定が必ず、脳死状態に近いであろうと思われる方に対してあえてするようになるのかということ、また、そのことによって、拒否した方、あるいはいわゆる提供病院ではないところで脳死状態の方というのは、今、ドナーカードを持っていても、実態は半分くらいなわけです。そうなった場合、その方たちの扱いが今後どうなっていくのか。つまり、提供病院をもっとふやしていく、あるいは一般の病院であってもそこにまた出かけていくということを可能にするということまで検討しているのか。その点、伺いたいと思います。

○河野(太)議員 これは臓器移植法でございますので、臓器移植法とかかわりのないことについては何も定めておりません。臓器提供を行わないような病院に関して、脳死判定をするかといえば、それは恐らくそういうことはないんだろうというふうに思います。ここで定めているのは、臓器提供が行われ得る病院で法的脳死判定を行う場合には家族に意思表示を求めるということだけでありまして、それ以外のところについては何ら定めるものではございません。

○高橋委員 そうはっきりおっしゃっていただくとすれば、たまたまその病院に行ったがために意思が生かされなかった、逆に、家族にひたすら、脳死の判定をするべきか否か、移植をすべきか否か、考えてもいなかったことが降りかかってくる、その状況はどうなるのだろうかということなど、非常にわからないことがまだまだたくさんございます。

 たくさん質問したかったことがあるのですが、とても時間が足りませんでした。引き続いてお願いをしたいと思います。

 終わります。

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