国会質問

質問日:2017年 4月 28日 第193国会 東日本大震災復興特別委員会

吉野復興相の基本姿勢について

復興相「原発事故」触れず
高橋・岩渕両氏 所信表明を批判

 衆参の復興特別委員会は28日、吉野正芳復興相に対する質疑を行い、日本共産党の高橋千鶴子衆院議員と岩渕友参院議員が認識をただしました。両議員が、東日本大震災について「東北でよかった」とした今村雅弘前復興相の暴言を厳しく批判し、いまも苦しみが続く被災地の声を突き付けたのに対し、吉野氏は従来の政府答弁から一歩もでない姿勢に終始しました。
 暴言について高橋氏は「東北の人間の一人としてどんな言い訳をしても許せない」と強調。福島県に住む岩渕氏も「心ない言葉でどれほどの方が傷つけられたか、怒りと悲しみはあまりに大きい」と訴えました。吉野氏は「復興相に最も大切な被災地の信頼を損ねた」と述べ、引き継ぎの際に今村氏に直接抗議すると約束しました。
 岩渕氏は、今村氏がこれまでも東京電力福島第1原発事故の「自主避難者」に「ふるさとを捨てるのは簡単」「自己責任」などと暴言を繰り返してきたと指摘。安倍首相がかばい続けたことが被災地を傷つけたとし「被災地に対する政府の姿勢が問われている」と批判しました。吉野氏は「安倍政権は復興第一で取り組んでいる」と強弁しました。
 高橋、岩渕両氏は、吉野氏の所信に「原発事故」という言葉がなかったと追及し、福島第2原発の廃炉を要求。吉野氏は、「チェックが足りなかった」と釈明する一方、廃炉については「政府の一員となったからには事業者が判断するという答弁だ」と述べました。
(しんぶん赤旗2017年4月29日付より)

 

――議事録――

○高橋(千)委員 日本共産党の高橋千鶴子です。
 きょうの委員会、多くの方が取り上げておりますが、私自身も、やはり今村前大臣の発言について一言質問したいと思います。
 私も、東北の人間の一人として、東北でよかったという発言は、どんな言いわけをしても許せない、こう思いました。
 二十六日付の河北新報には、南相馬市の桜井勝延市長の、震災で犠牲となった約二万人に対する冒涜だ、この言葉を紹介しています。また、野田釜石市長は、被災地からも被災者からも離れ、中央から物事を見ている結果だ、こう指摘をしました。村井宮城県知事も、東北を軽んじる印象を与える発言だった、非常に残念と述べています。
 また、今村前大臣の地元佐賀でも、例えば、専門学校に通う二十の男性が、被災地の人のことを考えたらひどい発言、いまだ東北では苦しんでいる人がいるのに、都心じゃなかったからよかったというのはあり得ないという発言を紹介されています。当然、どこに住んでいても、そういう気持ちで受けとめてくれているんだと思いました。
 改めて伺いますが、吉野大臣自身が、この発言は本当に許せないと発言をされております。何がいけなかったのか、改めて大臣自身の言葉で伝えていただきたい。
○吉野国務大臣 お答え申し上げます。
 四月二十五日のパーティーでの講演会における、東北で、あっちの方でよかったという発言については、被災者の皆様方のお気持ちを傷つけ、私も傷つきました。復興大臣にとっても、最も大切な、被災地の皆様方の信頼を損ねた発言だというふうに思っております。
 今村前大臣は、私の前任の衆議院の東日本大震災復興特別委員会の委員長でもございました。このような事態に至ったことは本当に残念でございます。
○高橋(千)委員 ありがとうございます。
 翌日の河北新報では、このような囲みの記事がありました。仙台市の出版社、荒蝦夷の代表の土方正志さんという方が、復興の司令塔である閣僚らが繰り返す失態、つまり、今村大臣以前にもさまざまなことがあったということを指しているんですけれども、経済的側面でしか震災をはかれない政治の無理解のあらわれ、こう指摘している。私、すごくこれは大事だと思うし、自分の気持ちにとてもぴったりくる言葉でした。
 確かに、今村大臣の言っていることは、人口の密集した首都圏で同じ規模の災害が起きれば被害がもっと甚大であったろうという趣旨かもしれない。それだけを見ると、誰でもその意味はわかる。数字だけで見るとそういうことになるんですね。だけれども、そんな問題じゃないんだろう、本当に東北の人を傷つけたと大臣もおっしゃった、その意味は何か。私は、震災直後から、立派な道路や建物が仮に復興して立ち並んだとしても、人々の暮らし、生業が戻らなければ復興とは言えないと指摘をしてきました。
 創造的復興という言葉が当時から叫ばれていました。大臣の所信の演説でも、被災地の単なる原状復帰にとどまらず、新しい東北の創造に取り組んでまいります、そうおっしゃいました。だけれども、忘れてならないのは、単なる原状復帰が不可能なんです、取り戻せないんです。それが今度の津波被災地であり、福島の原発事故の被災地なんだ、その思いがあるんでしょうか。公営住宅が建った、あるいは鉄道や道路が復旧した、それも大事な要素であるけれども、それでも取り戻せないものがあるんだ、被災者にとっての復興ではないんだと、その思いは共有していただけるでしょうか。
○吉野国務大臣 今、高橋委員の思い、私も共有しているところでございます。
○高橋(千)委員 大変短い答弁でありましたが、共有しているという立場で、引き続いて質問をしていきたいと思います。
 先ほども、大臣所信の挨拶に原発事故という言葉がなかったということが指摘されました。私も非常に違和感を持ちました。帰還困難区域などについて触れているわけですが、やはり帰還困難区域という概念は、原発事故がなかったら、こんなことが生まれるはずがないんです。六年たっても帰れない区域が残るということは原発事故があったからなのに、なぜそれが、触れなかったのか。やはりこれは絶対納得がいかないんです。
 総理の追悼演説でも触れていないことが話題となった、やはりこれと私は平仄を合わせているんじゃないかと思うんですね。昨年の総理の追悼演説はこう書いていました。原発事故のために住みなれた土地に戻れない方々も数多くおられます、そう言って、次に、まだ災害は続いている、そのことを実感いたします、そう追悼演説で述べている。すごく大事な言葉だと思うんですね。
 ところが、ことし、犠牲になった方たちの慰霊塔の前で、復興は着実に進展している、こう言い切っていることに私は強い違和感がありました。それはさっき言ったことと土台が一緒なんですね。慰霊塔の前で、復興は着実に進展している、そう言うことが本当にふさわしいことだったのか。
 翻って、歴代復興大臣の挨拶を見ると、実は、二〇一五年三月十日の竹下大臣までは触れているんです。この震災は、地震、津波、原発事故による複合的な災害であり、その復興は困難を伴い、長期間を要します。これは何度でも言わなきゃいけないことなんですね。ところが、翌年から、高木大臣のときから原発事故という言葉が出てきません。
 私は、その理由として考えられる言葉は、本年は十年間の復興期間のちょうど折り返しを迎える、まさに節目の年に当たります、こう述べているんですね。集中期間が終わって、次の期間からはやはり原発事故も一緒くたにされているととらざるを得なくなるんです。そういう立場なんですか。
○吉野国務大臣 所信について、正直、私のチェックが足りませんでした。ですから、今度は内閣の一員になったわけですから、私の方から、まさに、私が一番原発事故、原発災害というものを声高に内閣の中で言わねばならない立場でございますので、そういうふうに、原発事故、原発災害ということがあって初めて困難区域の問題とかいろいろな対策が生じるわけでございますので、原点となった原発事故、原発災害、これが出発点でございますので、そういうことをこれから発言してまいる所存でございます。
○高橋(千)委員 原点は原発事故、そうおっしゃっていただきました。
 ということで、福島民報のインタビューで、第二原発の廃炉について問われ、県民の思いは十分に理解している、ただ、福島第二原発の存廃は事業者が判断するというのが政府の統一見解と答えている。これは、結局、今おっしゃったように、内閣の一員になった以上は政府の統一見解と同じだと言っていることなので、これはとても残念なんですね。
 逆に、法的に不可能だというんだったら、立法措置も含めて、廃炉への決断を迫るべきではないですか。それが吉野大臣の仕事ではないでしょうか。
○吉野国務大臣 私も福島県民の一人でございます。福島第一原発で深刻な事故が起き、今なお多くの福島県の方々が避難を余儀なくされているところでございます。福島県の皆様方が福島第二原発の全基廃炉を早急に実現してほしいという思いを持たれていることについては、十二分に理解をしております。
 政府の一員として、福島第二原発については、現行法制のもと、地元のさまざまな御意見なども総合的に勘案しながら事業者が判断を行うものと認識をしております。他方、福島県民の心情を考えると、他の原発と同列に扱うのは困難と認識をしております。
 いずれにせよ、事業者が地元の方々の声に耳を傾けていくことが重要だと考えております。
○高橋(千)委員 先ほども指摘がありましたけれども、結局、十二分に理解しているけれども、同じ答弁なんですよ。何度も聞いた答弁。同じには扱えないと言っている、そこどまりなんです。私が言っているのは、立法措置もやればいいじゃないですかと言っている。そのくらいの意味があるんです。
 年末に第二原発に行きました。さっき、廃炉のためのバックアップ機能を持っているんだというやりとりが小熊委員とありましたけれども、そうじゃないですよ。私が見せていただいたのは、シミュレーションです。中央制御室のモデル室でシミュレーションをやっていました。地震や津波や重大な事態が起こったときに、一〇〇%の出力である原発をとめて、第二原発ですよ、これはタイプが違うんですから、安全にとめるための訓練を私たちに見せてくれました。それは、再稼働するための訓練ということじゃないですか。そういうことが起こっているんです。
 その現実をちゃんと見て、大臣がこれまで原発推進の立場だったことは存じ上げています。でも、今、私はそれをあえて言わないんです。それを言ってしまったら、双葉郡の首長さんだって、みんな推進だったじゃないかとか、誘致してきた責任とか、我々は六年間それを問いませんでした。オール福島で、原発をなくせという立場で、みんな、あの事故を繰り返してはならないという立場に立ってきたからこそ、そのことを問うていなかったんです。だからこそ、違うことをやってほしい、言ってほしい、そういう思いで言いました。
 もう一言、お願いします。
○吉野国務大臣 繰り返しで申しわけありません。
 第二原発の廃炉については事業者が判断するものというふうに思います。政府の一員となったからには、事業者が判断をするという答弁でございます。
○高橋(千)委員 極めて残念な答弁だったと思います。福島の皆さんが吉野大臣に期待しているからこそ、それに応えてほしかったと思います。引き続いてこのことは求めていきたいと思います。
 次に行きますが、福島県の二十四日付の発表で、応急仮設住宅供与終了に向けた避難者の住まいの確保状況について、四月以降の住まいを確保できた世帯が九八・八%、百十九世帯が未確定となっているということであります。
 そこで、伺いたいのは、川内村など、早くに避難解除したものの、それぞれの事情で帰還できずにいた人々がたくさんいらっしゃいます。吉野大臣もよく御存じだと思います。その方たちも、三月で打ち切りということで、やむなく帰った方がほとんどなわけですね。あるいは、借家に改めて入ったとしても、もう支援がありません。そういう方たちが、本当に無事に住まいを確保されて、暮らしを取り戻しているんだろうか。追跡調査が必要と思いますが、いかがでしょうか。
○吉野国務大臣 福島県の調査結果によりますれば、本年三月末で応急仮設住宅の供与が終了した避難者の方のうち、大部分の方については、委員御指摘のとおり、四月以降の住まいが確保されております。一方、いまだ未確定の方もおられるところでございます。
 四月以降の住まいの確保が未確定の方に対しましては、福島県において戸別訪問を継続するなどの支援を行っているところであり、これらの方々に対する具体的な状況について把握をしていきたいと考えております。
 また、確定済み、移転済みの世帯の皆様方に対しても、全国二十六カ所に設置されております生活再建支援拠点における全ての相談、よろず相談等を通じて必要な支援を継続していくものと認識をしております。
 相談状況等について、福島県との情報の共有、把握に努めてまいる所存でございます。
○高橋(千)委員 もう四月が終わろうとしています。三月で仮設の供与が打ち切られた人たちが実際にどうされたのか。大臣、少しでも把握されていることがあったら教えてください。
○吉野国務大臣 昨年の十月ころだったと思います、東京フォーラムで福島県主催の自主避難者の方々が集まって、私、そこの、ままカフェに行って、いろいろなお話を伺ってまいりました。それはまだ三月前でございますので、不安、いろいろな心配事も聞いてまいりました。
 でも、全国二十六カ所でよろず相談、全てのことに対する相談の窓口を設けております。それでもし足らないのであれば、もっと充実したところもこれからやりたい、このように思っているところでございます。
○高橋(千)委員 私、通告に川内村と書いたんですね。今言っているのは、郡山市に仮設住宅が幾つもありますけれども、最後まで残っている人たちが三月末で仮設を解散されて、全国ニュースにもなりました。自治会長さんは吉野大臣のことをよく存じています。そして、大臣就任を喜んでおられます。歓迎されておられます。だからこそ、あえて伺ったんですね。
 百人残っていらっしゃいました。その方たちは、やはりいろいろな事情があって、例えば医者にずっと通っているので帰っても足がないとか、さまざまな事情があって残っていたんです。だけれども、実際にもう解散しましたから、どうなったのか。
 ほとんどの方が帰りました。それは、四月で電気、ガス、水道を打ち切られると思ったからなんです。そうしたら住んでいることができないから、仕方なく軽トラで、親戚とわずかな人手で帰りました。
 だけれども、十世帯、実は郡山市内に残っていらっしゃいます。透析や末期がんの方、もうこれ以上動かすわけにはいかないという判断で残っていらっしゃるんですね。結局そういうことになるんです。
 だけれども、仮設住宅をずっと延長してくれと何年も言ってきたけれども、これ以上延長すればやはり安全上問題がある、そういうことで判断をしました。でも、実際には、市内には公営住宅が、あきがあったりとか、いろいろな対応ができるはずだったんです。そういう中で、追い詰められて決断をした方がいるんだと。
 裸一貫で避難指示で避難をしたときに、二重、三重の生活を強いられました。都市生活でお金を使って、帰還をするときに、村に県内で戻る人は五万円、県外から戻る人は十万円、単身世帯は三万円の補助しかありません。本当にみじめだったという言葉をおっしゃいました。そういう現実にあるんです。
 だから、追跡調査をしてほしいと。数の上ではなくなった、確保できたと聞いているから、それでいいということではないということをお願いしています。一言。
○吉野国務大臣 福島県も家賃補助等の支援策をつくっておりますので、福島県との情報の共有、このところをきちんと復興庁としても把握していきたいと思っております。
○高橋(千)委員 もう少し問いがありましたが、きょうは時間がありませんので、これで終わります。引き続いてよろしくお願いいたします。

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