国会質問

質問日:2017年 4月 11日 第193国会 東日本大震災復興特別委員会

福島復興再生特措法改定案

国の責任で住宅確保/高橋氏 自主避難者の支援訴え

 日本共産党の高橋千鶴子議員は11日の衆院震災復興特別委員会で、東京電力福島第1原発事故の「自主避難者」への住宅無償提供が3月末で打ち切られた問題で、国が住まいの確保に責任を持つよう求めました。
 高橋氏が、4月以降の住宅確保の状況をただすと、復興庁は「大部分の避難者は住まいを確保できている」などと抽象的な答弁をするにとどまりました。高橋氏は、打ち切り後の福島県による家賃補助(2年間、2000世帯分)について質問。復興庁は、最大月額2万円で、3月末現在での申請件数は900件弱だと答えました。
 高橋氏は「補助が2万円までで家賃を払うのは大変。もともと2年限りの補助と思えば、今の住宅を出ていく決断を迫られる」と述べ、住まいの確保状況の追跡把握、家賃補助の期限延長と拡充、家賃支払いが困難な人などへの相談・対応を求めました。
 高橋氏はまた、昨年表面化した避難児童へのいじめにふれ、「国は自ら出向いて実態をつかむべきだ」と主張。福島に戻っても子どもがいじめにあい、親も親戚などから非難され居場所を失った深刻な例を示し、「避難先から帰還した人たちの話を聞く機会も持つべきだ」と強調しました。
(しんぶん赤旗2017年4月14日付より)

東電に責任求めよ/除染の国負担 高橋氏ただす

 日本共産党の高橋千鶴子議員は11日の衆院震災復興特別委員会で、東京電力福島第1原発事故の帰還困難区域に「復興再生拠点」を設けることに関し、除染費を国費負担とする問題を追及しました。
 高橋氏は、帰還困難区域が、将来も絶対に帰れないと決められたわけではなく、国直轄で除染し東電に求償を行う「除染特別地域」に含まれていることを環境省、復興庁に確認させた上で、「最も汚染され、強制避難をさせられた区域だ。東電に責任を求めないのはおかしい」とただしました。
 今村雅弘復興相は「新しい街づくりを国の政策判断で行う。除染も国の負担でやる」と繰り返すにとどまりました。
(しんぶん赤旗2017年4月16日付より)

 

――議事録――

○高橋(千)委員 日本共産党の高橋千鶴子です。
 四月四日、本会議で福島法の審議入りをしたその日、私自身も質問に立ったわけでありますけれども、朝の閣議後の記者会見で、今村大臣の自主避難者は自己責任論が飛び出しました。夕方のニュースでそれを見て、本当にびっくりしました。本会議で、ふるさとを捨てるのは簡単だがという発言について大臣に責任をただした後でありました。
 私は、改めて、大臣の認識にやはり大きな問題があるんだろう、謝罪をしたといっても、それは根本のところが変わっていないのではないか、こう思ったわけであります。
 六日の本委員会でも、郡委員などに質問をされて謝罪はしたものの、撤回はされなかったと思います。翌日の七日の記者会見で撤回したと報道されました。どうしてそうなったんでしょうか。
 改めて、発言は撤回したのか、確認をします。
○今村国務大臣 この発言は、先ほども言いましたように、避難したことが自己責任だというふうに言われておりますが、私はそういうことは一切言っておりません。
 要するに、こういったいろいろな環境整備を進めていく中で、そして、今度また避難解除もこうやって進んでいく中で、それぞれ皆さん方がいろいろな御家庭の事情等々を勘案して、そして自主的な判断でもって帰っていただくかどうか決めていただくことになるんですよということを入れて言ったつもりであります。それがいつの間にかそういうふうに、避難したのも自己責任だということで言われて、それが報道され、いろいろな意味で不安を与えているわけであります。
 そういう意味で、言葉の使い方ということがまずかったという点は、ある意味では、そういうことを私も言われているわけでありますので、そういったところの反省はしっかりしているつもりであります。
○高橋(千)委員 結局、言葉の使い方の話にしているんですよ。そうじゃないんです。
 八日付の佐賀新聞のインタビュー、大臣、地元の記者さんなので本音を告げられたのかなと思って読んでおりました。
 インフラの復旧などで帰還できる環境は整いつつあるが、戻るかどうか、それぞれが抱える事情に応じて判断されること、国が強制するものではなく、みずからの判断が尊重されるべきだという意図だった、これは先ほど来言っているわけですよね。さらに避難のきっかけさえも本人の責任と誤解された、そこは原発事故が原因で国や東電に責任がある、一人の記者に問い詰められかっとなってしまったという反省だと思いますが、私は、そういうときにこそ本音が出る、そう思います。
 私自身は、原発事故直後から、福島県内外で避難者の方々の声を聞き、取り上げてきました。また、いわゆる自主避難と呼ばれている方たち、またその方たちを支援する方たちが国会内で何度も集会を開き、たくさんの声を届けてくださいました。その声を受け、国連の原則にもあり、避難する権利を認めよと求めたのは、二〇一一年の十二月六日の本委員会であります。また、賠償のみならず、各地の避難者支援センターへの援助なども求めてきました。
 翌二〇一二年六月に成立した子ども・被災者支援法には、本会議でも触れた基本理念、移動及び帰還についての選択をみずからの意思によって行うことができるよう、被災者がそのいずれを選択した場合であっても適切に支援するものでなければならないと明記されました。
 この理念と、今大臣がおっしゃった自主的な判断、みずからの判断が尊重されると言ったんだとおっしゃるのであれば、絶対、自己責任なんて言葉は出てくるはずがないんです。本来、自主的な判断が尊重される、それは避難する権利なんですよ。だけれども、それを自己責任とは呼びません。違いますか。
○今村国務大臣 先ほど佐賀新聞の話が出ましたが、ここには、極めて、私が記者会見でやったいきさつ等々もよく調べてくれていまして、大変正確に書いてくれているというふうに思います。それは今委員が言われたとおりであります。
 その上で、先ほども言いましたが、あくまでこうやって、戻るか戻らないかということ、これはそれぞれ皆さんの事情に応じて判断されることなんです。これは国が強制、強要するものではないわけですから、そういう意味で自主判断ですよと言ったんです。
 あえて言いますと、もう一つ言いますと、記者会見の発言をよく見ていただければわかりますけれども、自己責任と言ったのは、記者の方が先に言われたんですよ。
○高橋(千)委員 自己責任ですかと聞かれて、そのとおりと言ったじゃないですか。同じことですよ。
 これは、大臣、私、あえて佐賀新聞の出だしのところだけを読んだんですよ。続きがあります。
 テレビや会合での過去の発言にも問題があったと指摘する声もありますねと言われたときに、大臣はこうおっしゃいました。口下手と言われても仕方ないが、思っていることや、やってきたこと、正論でもそれを相手に届くように伝えることが大切だと感じている。
 正論だ、伝え方の間違いだ、そう思っているんですか。自己責任ですかと聞かれて、そのとおりと言った、それを自主判断と同じ意味ですなんて、通用するわけがありません。もう一度。
○今村国務大臣 これは言葉の問題でもあるかもしれませんが、自主判断をする、自分で判断をするということは、それは当然責任が伴うわけでありますから、そういう意味では、私は、その議論の流れの中で理解をしていただきたいというふうに思います。
○高橋(千)委員 やはりわかっていないんだと思います。自己責任と述べたこと自体、認めたこと自体を撤回したのではないのだと。私は、改めて、大臣の職は辞すべきである、このように思います。
 六日に、山形県の吉村美栄子知事が記者会見でこう言っています。避難者は警戒区域の中であろうと外であろうと全員が被害者だ、こう述べています。避難者はショックだと思う、ショックというのは大臣の言葉に対してですよ。一日も早く平穏な生活を迎えられるよう、できる限りのことをしていくと話されました。やはりこういう立場に立たなければならない、重ねて指摘をしたいと思います。
 本当は辞任するべきだと思っておるわけですが、質問をしなければならないということで、改めて大臣の姿勢をこの後の質問でただしていきたい、このように思います。
 まず、本法案の五十八条、いじめの防止のための対策支援が盛り込まれました。昨年、横浜市や新潟市の小学校に通っていた児童が、避難していることを理由にいじめを受けていたことを訴え、表面化をしました。この児童はとても勇気があると思います。
 でも、まず確認したいんですけれども、まさか、この子たちが訴えるまで、いじめということが起こっていなかったと思っているわけではないと思いますが、その認識はありましたか。まず一つ、これを大臣にだけ伺います。
○今村国務大臣 私も、そういうことはいろいろ聞いてはおりました。しかし、はっきり、きょうまた後ほど説明があるかもしれませんが、学校、教育現場で調査をした中で具体的な数字も出てきて、大変私も、これはいかぬな、ショックであるというふうに思っております。
○高橋(千)委員 このいじめの問題は、親に対する問題でもあるんですね。それがやはり、大臣の発言を撤回されないことと深く結びついていると言わなければならないと思います。
 資料の三枚目を見ていただきたいんですが、三月二十二日付朝日新聞。これは、前橋地裁の判決の中で、十八歳未満だった原告五十一人のうち五人が、避難先の学校などで嫌がらせやいじめがあり、精神的苦痛を受けていたと報じています。しかも、そのうち二人については、判決で賠償を求めているんですね。祭りの日に、誘ってないよ、クラス全員、誰も一緒に行かないよ、そう決めていたからと言われた、あるいは、気持ち悪い、近づくな、吐き気がすると書かれたメモがかばんに入れられていたなど、判決の是非云々の前に、こうした事実が語られていた、気づくチャンスがあった、こう思うんですね。
 文科省は、通達を十二月十六日に出しました。でも、やはり待ちの対策ではなくて、自主避難者の団体、ずっと、さっき言ったように、院内集会にもいらしています。私は、その言葉をそのまま国会で取り上げたこともあります。支援のネットもあります。あるいは、先ほど山形の知事の紹介をしましたけれども、山形県内でもたくさん自治体が取り組んでいる支援センターがあります。
 こちらから出向いていって実態をつかむべきだと思いますが、いかがでしょうか。これは大臣と文科省に、それぞれ伺います。
○田野瀬大臣政務官 お答え申し上げます。
 東日本大震災または原子力発電事故により避難している児童生徒のいじめにつきましては、昨年十二月、文部科学省から被災児童生徒を受け入れている学校に対して、当該児童生徒がいじめを受けていないか確認を行うよう依頼をさせていただいたところでございます。
 そして、本年三月、各学校が確認した結果等についてフォローアップ、確認を行い、本日、いみじくも本日なんですけれども、その結果を閣議後の記者会見で大臣から公表をさせていただいたところでございます。
 その内容を少し御説明させていただきますと、平成二十八年度におきまして福島県から避難している児童生徒に対するいじめは、全体で百二十九件認知されており、また、被災直後の平成二十三年度に福島県から転校した直後に受けたいじめも含む平成二十七年度以前のいじめにつきましても、七十件認知をされておるところでございます。
 事案の中には、福島県から避難している児童生徒が、放射能がうつる、もしくは福島に帰れなどと言われた者もあり、いじめの背景には、放射線に関する理解不足や、避難を続ける方々へのつらい思いに関する理解不足が存在するものと考えておるところでございます。
 文部科学省といたしましては、各教育委員会そして学校に対して、いまだ故郷に帰れず、不安の中過ごしておられる被災児童生徒に対して、心のケアなど日常的に格別の配慮を行うこと、そして、児童生徒が放射線に関する科学的な知識を身につけるとともに、理解を深めることができるよう、放射線に関する教育の充実に努めることなどの対応を求めておるところでございます。
 引き続き、被災児童生徒に対するいじめにつきまして、各教育委員会に対する必要な指導、助言を行うとともに、福島県教育委員会とも連携をいたしながら、いじめの防止に努めてまいりたいと思っております。
 以上です。
○今村国務大臣 ただいま政務官からお話がありました。私もぜひ、文部科学省の取り組み、一体となってこれからしっかり取り組んでいきたいと思います。
○高橋(千)委員 ちょっと突っ込みたいことがいっぱいあり過ぎて困っているんですが、先ほど文科省が報告いただいた調査については、けさの新聞に既に載っておりました。
 ただ、私が質問したのは、もう既に、もっと早くつかむチャンスがあっただろう、訴えていただろうということを言いたかったんです。そのことに対しての認識は、お二人ともおっしゃいませんでした。
 そして、私が聞いたのは、もっと、要するに、通達を出して、教育委員会を通して調査をしろと言うだけではなくて、それは今のいじめ防止法そのものにそういうスキームがありますから、それだけではなくて、こちらからつかむ努力をしてほしいと質問をしたわけです。
 それに対して、いかがですか。
○田野瀬大臣政務官 お答え申し上げさせていただきます。
 いじめにつきましては、もう委員御指摘のとおり、これは犯罪であるんだという認識のもと、文科省といたしましても、いじめの調査というのは断続的に行わせていただいておったところでございます。
 先ほど御答弁申し上げさせていただきましたのは、その中におきましても、十二月に、横浜の案件、新潟の案件がマスコミ等から明るみになったということを踏まえさせていただきまして、特に福島から避難された児童生徒に対しての調査をさらに掘り下げ実施すべきであるという認識のもとで行わせていただきまして、そして、この三月に取りまとめ、フォローアップをさせていただいた、その結果ということでございます。
 以上でございます。
○高橋(千)委員 ですから、結果は新聞に書いていると言ったじゃないですか。全く決意が伝わらないんです。
 それと、ふるさとに帰れずとおっしゃいました。ですから、この五年間、六年間どうだったのかということを指摘したのはそういうことなんですよ。つまり、表面化したのは避難した児童の問題だった、でも、それだけじゃないはずなんですね。この記事の三段目にもありますが、群馬県から福島県に戻った男子生徒が、戻ってきたのか、逃げていったんだろうと言われた。つまり、戻ってもそういうことがあるんですよ。別の男児は、福島君と呼ばれていたとあります。
 私自身も二〇一一年の質問のときに、一時避難、本当に一時的な避難だったんだけれども、福島に戻ってから子供がいじめられた、そういう事例を紹介しています。これは、国会に何度も届けてくださる、当事者や支援者の方たちが集めてくれたアンケートなどに、もう実態はつづられていたんですよ。
 だから、もっともっとそういう立場でやらなければ、今から、避難している人たちだけというのではなくて、もう大分帰った方もいらっしゃるんです、その方たちの追跡も踏まえてしなければなりません。
 そのときに、戻った人をいじめた人が悪い、そういう単純な話ではないんですね。避難した方も、とどまった方も、これでよかったのかと親たちは悩み続けていました。親たちも悩み、あるいは、その親が自分の親から、親を捨てて逃げた、だからもう帰ってくるな、そう言われるなど、居場所を失い、夫婦で意見が合わず離婚に至ったなど、大変な道のりでした。また、そういう親を見ているからこそ、子供だって、自分が置かれている今のいろいろな事情を言えずにいたかもしれません。
 その点では、やはり避難した先だけを視野にした調査ではなく、帰還された方々の話を聞く機会を持つことも必要なんです。
 大臣は六日の委員会で赤羽委員の質問に対して、「本当に、自主避難をされている方々の心にもしっかり立ち入って、そして寄り添いながら、丁寧な対応を、国として、そしてまた福島県と一緒になってやっていきたい」と決意を述べておられます。
 まず、述べたことを実際の姿勢で示してもらいたい。いかがですか。
○今村国務大臣 戻られた方についてのそういったいろいろな問題があるということ、これは、我々もそういったことは聞いております。
 ですから、いろいろな相談センター等々もちゃんと福島の方にも充実してやっておりますから、できるだけ、我々もまたそういった実態を踏まえて福島県と一緒になってサポートしていきたいというふうに思っています。
○高橋(千)委員 続きの話になりますが、三月三十一日で災害救助法に基づく応急仮設住宅の無償提供が打ち切りになりました。本会議でも質問しましたが、具体的なことは何一つ答えていないと思います。それどころか、事前に、本会議の前にレクをしましたけれども、そのときに、復興庁自身が避難者の住まいの確保について全く掌握をしていません。なぜか。災害救助法は内閣府の担当です、そういうことを言うわけであります。
 だとすれば、大臣がこれまで委員会で、しっかり後方支援しますと言ってきたことや、きょうも答弁がありましたけれども、丁寧に進めていきますなどと答えていたことも、口だけだったと言わざるを得ないんです。
 せめて、自前の数字がなくても、福島県に問い合わせをして説明に来るのが筋ではないですか。そうやって認識を一致させる、それすらもできていないということをちゃんと自覚していただきたいと思います。指摘をします。
 それで、もう一度伺います。
 三月三十一日で借り上げを含む応急仮設住宅の無償提供が打ち切りになった対象者が何人で、その方たちの住まいの確保がどのようになされましたか。
○関政府参考人 お答えいたします。
 福島県によりますと、三月末で災害救助法に基づく応急仮設住宅の無償提供が終了になった対象者の人数ですが、平成二十八年十月末時点で、二万六千六百一人と承知をしております。
 四月一日以降も応急仮設住宅の供与が続く方は、平成二十八年十月末時点の避難者、六万一千六百十七人ということでございますので、そちらは約六割の三万五千十六人という数が出ております。
 福島県におきましては、自主避難者に対する民間賃貸住宅の家賃補助、公営住宅の確保などに取り組みますとともに、避難者向けの相談拠点を設置するなど、避難者に対する支援事業を実施しております。
 復興庁も、住宅確保に関して、雇用促進住宅での受け入れを関係団体に協力要請し、住宅の一部提供が行われることになったほか、国土交通省とも連携しながら、公営住宅への入居円滑化の支援を実施しております。
 県の意向調査の結果によりますと、大部分の避難者の方々は、県の支援措置なども踏まえまして、四月以降の住まいの確保がなされていると伺っているところでございます。
○高橋(千)委員 なぜそこだけ大部分というアバウトな数字になるんでしょうね。三月の参議院の委員会では、二百二十七名がまだわからないというふうな答弁もあったと思うんですが、そのこと自体をつかんでほしいということを言っているんです。
 資料の一枚目が福島県から県外への避難状況。これは福島県の数字が入っておりませんが、改めて、ことしの三月の時点でも全国四十七都道府県全てに避難していることがわかると思います。
 そして、二枚目に応急仮設住宅の供与の状況があります。先ほど言ってくださった二万六千六百一人というのは、避難指示区域外からの避難ということで、いわゆる自主避難と言われる方たちがこれだけいるということであります。
 それで、今お話の中にもあったんですけれども、県は二年間に限った家賃補助を二千世帯分用意していたと思います。これの活用はいかがでしょうか。
○関政府参考人 お答えいたします。
 今お話ございましたように、福島県では、避難指示区域外から避難されている方への帰還・生活再建に向けた総合的な支援策を策定しまして、民間賃貸住宅などへの家賃補助を実施しております。
 具体的には、一定の所得以下の方を対象に、平成二十九年一月分から平成三十一年三月分までを対象といたしまして、平成二十九年一月から平成三十年三月については毎月最大三万円、平成三十年四月から平成三十一年三月については毎月最大二万円の家賃補助を行うこととしております。
 福島県で、住まいの意向調査において民間賃貸住宅等を希望し、かつ避難先での避難の継続を希望した世帯の割合ですとか、収入要件を満たす世帯数の割合を踏まえまして、お話ございましたように、約二千世帯分の家賃補助の予算額を計上しているところでございます。
 福島県に対し、本年三月末現在で約九百件弱の交付申請がなされ、さらに、このほかに事前審査や問い合わせなども多く来ているというふうに伺っております。交付申請がなされたものにつきましては、現在、福島県におきまして交付決定の審査を実施していると伺っているところでございます。
○高橋(千)委員 資料の四枚目に、今の紹介いただいた支援制度の内訳があります。
 二千件用意をしていたんですが、まだ九百件というところ、期限がもう既に過ぎているのにそういう状況だ。それはなぜかなと考えると、やはり今、一番右下の(4)にあるんですけれども、一年間、家賃等の二分の一、しかも最大は三万円です。次の一年間は、三分の一、最大二万円です。これでは、とてもじゃないけれども、残りの家賃を払っていくのはとても大変だし、また、期限があと二年と限っている、だったら、やはり無理だということを判断せざるを得ない、そういう状況に置かれていると思うんですね。
 多くの方は、既に避難先を七回、九回というようにかえて今のところにいるわけです。最初に親戚や首都圏にいる我が子を頼ったりした方もいました。でも、そのこと自体が、逆に身近だからこそつらいということで転々としていたわけですね。
 今、現時点でホームレスみたいになっている人はいません。だけれども、そのことによって、とりあえず親類縁者を頼ったかもしれないけれども、解決したとは決して言えないわけなんです。表に見えていないからこそ事態が深刻だと思います。
 大臣にお願いします。
 その後の住まいの確保状況について追加把握をすること。そして、今言った家賃助成は、やはり余りにも規模が小さくて、また期限も限られています、これについて拡充をしていくべきではないでしょうか。公営住宅に入っても、家賃支払いというのはだんだん上がっていきますから、非常に困難な方もいます。福祉部局とも連携をして、しっかりとした体制をとるべきだと思いますが、いかがでしょうか。
○今村国務大臣 先ほど統括官から話があったとおりでありますが、できるだけそういった方々に寄り添って、どういうふうにこれを乗り越えていくか、いろいろな、例えばおうちを借りるにしても、こういうところもありますよ、こういうところもありますよ、そういった提供をしながら、生活にできるだけ悪影響が及ばないような、そういったアドバイス等も含めて、丁寧に対応していきたいというふうに思います。
○高橋(千)委員 家賃の助成などについては一切ないですか。
○今村国務大臣 御案内かと思いますが、あくまでこれは、県が窓口になってやっている、そしてまた、そういったことをしっかりと我々がサポートするということでありますから、そういったことを御理解の上で今後の対応を考えていきたいと思います。
○高橋(千)委員 サポートをすると言っているわけですから、県の取り組みに上乗せをしていく、応援していくということを検討していただきたい、このことを要望しておきたいと思います。
 さて、四月一日に解除をされた富岡町ですが、三月の末に公設民営のショッピングセンターがオープンをしました。隣町の川内村や楢葉町からもお客さんが来て、大変にぎわいました。また、八日は、大臣も行かれた桜祭りが行われて、総理も大臣も行かれて、皆さんの笑顔が映っておりました。
 たくさん来て、みんな喜んでいたよと教えてくれた富岡町の区長さんは、その後にこう言いました。来年で賠償が打ち切られるのは本当かと。知らなかったんですね。三十年で打ち切られるのはと言って、三十年というのは平成三十年で来年のことだ、周りの人が言っているけれども、本当ですか、こう言われたわけですね。
 これは、解除後一年で賠償打ち切りというのは、一昨年の与党提言を具体化したものであります。実は、前にも同じようなことがあったんです。富岡町じゃなくて、先に避難を解除されたところの住民の方たちに、一年で賠償がなくなるの、知らなかったと言った方がたくさんいらっしゃいました。
 長いこと居住制限区域だった地域、これだって、帰還困難区域ではなくても、やはり二十ミリシーベルト以上あった地域なわけですよね。本当に帰れるかどうかと悩んだ地域、同じなんです。まさか一年で賠償を打ち切られるとは知らなかった、暮らしていけないと声がある。これは理解が得られていると思いますか。もう少し見直しをする必要があると思いますが、いかがでしょうか。
○田中政府参考人 お答え申し上げます。
 避難に伴います精神的損害の賠償につきましては、平成二十五年十二月の中間指針第四次追補、また平成二十七年六月の閣議決定を踏まえて、お支払いの対象となる期間といたしまして、解除の時期のいかんにかかわらず、事故後六年にさらにいわゆる相当期間の一年を加えた七年分をお支払いするという方針が、これは平成二十七年の八月に示されてきております。
 こういった賠償の中身につきましては、政府及び東京電力から、累次、あらゆる機会を捉えまして、自治体あるいは住民の皆様方に対しまして御説明をしてきたところでございます。本年四月までの各市町村におけます避難指示解除に向けたプロセスにおきましても、地元の方々と丁寧な議論をあらゆる場で重ねてまいりましたけれども、そういった折にも、こういった賠償方針について、必要に応じてまた御説明をし、一定の御理解をいただいているものと考えております。
○高橋(千)委員 御理解をいただいているものと。だから、御理解いただけていない実態をお話ししました。もっと議論をしていただきたいと思います。
 ようやく一歩を踏み出したときだから、さっき言ったショッピングがオープンして、解除も進んで、一歩を踏み出したときだからこそ、もう少し応援してもらいたいという声なんだということを重ねて指摘したいと思います。
 六年間というのは大変大きいです。高齢の夫婦で、荷物もやはり六年間でたまりました。その夫婦だけの力で引っ越しもままならないと言っているんです。
 現実に戻った方はまだ一割未満ですし、楢葉町などでも、これまで解除されたところも入れても一三%。本会議で、解除されただけで復興と言えるのかと私は質問しました。極端な質問に聞こえたかもしれませんが、解除後の住民が暮らしを続けていけるかどうかは、本当に深刻な問題です。戻る人がいなければ商売も続けていけないわけですから。このことを、やはり、もう決まったことだと言わずに、議論を続けてほしいと指摘をしたいと思います。
 それで、質問は、そういう意味で暮らしを支えていくということができていくのかということで、拠点という考え方は、実は、今回の法案が最初ではなくて、資料の五にありますように、被災十二市町村がそれぞれ復興拠点の整備に取り組んでいます。国はどのように支援しているのか、伺います。
○今村国務大臣 これにつきましては、帰還困難区域ではない地域におきまして、復興拠点という名称のもとにいろいろな取り組みをしております。それぞれの自治体によって状況は異なっているわけでありますが、例えば、名称も、中心拠点と呼んだり、それぞれの自治体で対応しております。
 葛尾村では、コチョウランの栽培施設、あるいは農業倉庫、あるいは復興交流館、これには直売所も含むわけでありますが、そういうことをやっておられるし、また、先ほどお話がありました富岡町では、まさに、さくらモールと言われる複合商業施設をやって、先般オープンしたところであります。それから、町立の診療所、これも、三百六十五日二十四時間対応の救急医療センターの整備に今取りかかっております。
 そして、もう一つはJR富岡駅の再開ですね。これは多分ことしの十月ごろになると思いますが、また、それに合わせた駅前ホテルの整備等もやっているわけでありまして、こういった既に前向きに取り組んでおられる施策について、復興庁としてもしっかりと支援をしてまいりたいというふうに思っております。
○高橋(千)委員 資料の六枚目を見ていただきたいと思うんですね。
 これは二〇一五年の国勢調査、五年前との比較の人口ですけれども、ここで、もうニュースになったから皆さんも御存じだと思いますが、大熊、双葉、富岡、浪江の四町は、国勢調査で人口がゼロとなりました。避難指示が出ているわけですから、当たり前といえば当たり前なんですが、大変な衝撃をもって受けとめたわけであります。被災十二市町村、いずれも人口は減っており、総務省は、平成十三年の三宅村の全村避難のときと同様に、特例措置で交付税を措置しております。
 しかし、解除を決断する自治体から見ると、やはり、こういう中、すぐに住民が戻るとは言えないけれども、今解除しなければ、あるいは、国がいろいろ、旗を振ると言えば語弊があるかもしれませんが、イノベーション・コースト構想など支援策を、今この瞬間、一緒にやると手を挙げなければ、町がなくなるんじゃないか、そういうぎりぎりの選択があったと思うんです。やはり、このことをしっかりとどめておく必要があるかな、こういうふうに思います。
 それで、要するに、解除をしたところも、これからが本当に重要だということを指摘しておきたい。
 拠点の中で重要なのが、医療、介護などの体制をつくれるかどうかというのが、これは帰還の決断にも大きく影響があるわけですが、資料の七枚目をつけております。
 これは、地域包括ケア体制をつくるんだというわけです。私、これは厚生労働委員会でいつもやっている問題で、ポンチ絵もほぼ同じなんですけれども、小学校区単位をイメージして、医療や介護が行き届く体制だと。
 しかし、どこでも医療や介護の社会的インフラは十分ではありません。まして、この人口がまだまだ戻らない地域でつくっていくのはさらに大変なことであって、やはり国の強力な支援がなければだめだと思うんですが、どのようにやっていくのか、お願いします。
○古屋副大臣 私も、福島県の相双地域に二度参りまして、現地の自治体、医療・介護関係者から直接御意見を伺ってまいりました。
 福島県において、地域包括ケアシステムの構築に向けて、医療・介護施設の再開のための施設整備や人材確保の支援等による医療、介護のインフラ整備が重要な課題であるということを認識いたしております。昨年、厚生労働省内において、このための省内の連携プロジェクトチームを設置したところでございます。
 医療分野におきましては、医療機関の再開、新設に係る施設整備等に係る支援、また、医療従事者の養成確保を図ることが重要だと考えておりまして、これらに必要な予算を計上しております。福島県、また福島県立医大等と連携をしながら取り組んでまいりたいと思います。
 また、介護分野におきましても、震災で被災した特別養護老人ホーム等の施設の復旧、また、福島県外から相双地域の介護施設等への就労の促進といった介護人材の確保などにも財政支援を行っております。
 今後とも、引き続き、福島県と連携しつつ、一日も早い被災地の復興に取り組んでまいりたいと思います。
○高橋(千)委員 相双地域には、民間のドクターやスタッフが本当にいろいろな形で支援をしているのも私も承知をしておりますし、やはりこれは、国が、県が懸命に描くプランに対して応援するというだけではなくて、人の派遣や制度も含めてしっかりと寄り添っていかなければ難しい問題であろうと思いますので、これは引き続きよろしくお願いしたい、このように思います。
 さて、帰還困難区域の復興再生拠点の問題であります。
 六日の本委員会でも民進党の岡田委員が厳しく追及をしておりましたが、改めて、なぜ汚染者負担の原則があるのに東電に求償しないのかということは、私も疑問を持っております。
 聞かれたことだけに答えていただきたいんですが、まず、現在の帰還困難区域に再編されたのはいつで、その定義を述べてください。
○田中政府参考人 お答え申し上げます。
 帰還困難区域の定義は、平成二十三年十二月二十六日に原災本部が定めております。その中で、帰還困難区域は、「長期間、帰還が困難であることが予想される区域」とされ、「具体的には五年間を経過してもなお、年間積算線量が二十ミリシーベルトを下回らないおそれのある、現時点で年間積算線量が五十ミリシーベルト超の地域」とされております。
 この定義を踏まえて、平成二十四年四月から平成二十五年五月にかけまして、七市町村において帰還困難区域を設定したところでございます。
○高橋(千)委員 資料の八枚目に、今紹介いただいた平成二十三年十二月二十六日の原子力災害対策本部の考え方をつけておきました。
 「具体的には五年間を経過してもなお、年間積算線量が二十ミリシーベルトを下回らないおそれのある、」まず、「五年間を経過してもなお、」というキーワードがありました。五年もたっちゃったわけですよね。まずそれが一つと、「将来にわたって居住を制限することを原則とし、線引きは少なくとも五年間は固定することとする。」ということであって、これは絶対帰らないという意味ではない、これを読めばそういうふうに思います。確認をしたい。
 その上で、除染についてはどのように規定をしたのか、伺います。
○田中政府参考人 お答え申し上げます。
 定義については先ほど申し上げたとおりでございまして、将来にわたって絶対帰れない区域とされているわけではございませんけれども、帰還困難区域は、長期間、帰還が困難であることが予想される区域であり、将来にわたって居住を制限することが原則とされておりますし、さらには、バリケードを張るという形での出入りの管理を行う、あるいは除染についても、これはもう当面実施をしないという方針がしっかりと打ち出され、かつ、故郷に長期間戻れないことを前提とした賠償を行うなど、いわゆる緑あるいは黄色の地域とは著しい対照をなす扱いになっていたということでございます。
○高橋(千)委員 聞かれたことだけに答えてください、順番に聞いておりますので。
 絶対帰らないという意味ではないということをまず確認したわけです。
 それで、除染についてはどのように規定したかというのに対して、今ちょっとアバウトな表現をしたんですね。当面実施をしないというふうなことを言いました。
 では、除染特措法において国直轄で除染を行う除染特別地域には、帰還困難区域も含まれているはずです。まず、環境省に確認します。
○高橋政府参考人 お答えいたします。
 除染特措法におきましては、条文上は、除染特別地域から帰還困難区域を除くということはされてございません。
 ただし、同法に基づきまして、国直轄除染の計画として特別地域内除染実施計画というものをつくってございますけれども、この計画につきましては、これまで居住制限区域及び避難指示解除準備区域についてのみ策定をしてございまして、帰還困難区域についてはこの計画における実施対象区域には含まれていないということでございます。
○高橋(千)委員 今おっしゃったことは、除染特別地域には帰還困難区域も入っていて、除いていないということだとまず確認できたと思うんですね。ただ、計画が今はないということだと。
 これは、平成二十四年の一月二十六日の除染特別地域における除染の方針の中で、おおむね年間積算線量五十ミリシーベルト超となる地域については、除染技術の確立及び作業員の安全性の確保のための除染モデル実証事業の結果等を踏まえて除染等の措置等の方法を検討する、等が多いですが、措置の方法を検討するということで、今は計画がないということだけれども、検討するというふうに入っていたのではないかと思います。
 ということでは、帰還困難区域も除染特別地域に入っている、技術やタイミングについては課題とされたものの、将来にわたってやらないと言ったわけではない。そうすると、やはり復興再生拠点のみ東電に求償しないという理由にはならないと思うんですね。
 帰還困難区域は最もひどく汚染され、強制避難のために住民が最も苦しめられた地域です。新たなスタートだからといって、それに東電が責任を持たなくてもよいというのはおかしくはありませんか。
○今村国務大臣 ただいま、帰還困難区域云々についての決めた当時の状況等、話があったわけでありますが、それを前提としながら今日まで進んできた。しかし、ここに来て、やはりこのままではいけない、何とかふるさとを取り戻そうじゃないかということで、新しいステージとして新しいまちづくりをやっていこうと。
 そうなってきたときには、今までの前提を少し変えて、そういったところについては、やはり国の施策として、そして政策判断としてそういったことを取り組んでいこう、ついては、この除染の費用も、そういう意味で国が負担するのが妥当だろうということで判断をしたところであります。
○高橋(千)委員 全く答えになっていないと思うんです。
 新しいスタートに国が応援するのは、さっき、帰還困難区域でないところに対しても、拠点がありますよねというのに対して、国が応援していきますとおっしゃったじゃないですか。まちづくりに国が責任を果たすのは当然のことなんですよ。
 だけれども、これから除染もやるとなった以上は、最も汚染されたところに、その原因者である東電に責任を求めないというのはおかしくないかと言っているんです。
○今村国務大臣 これも、私が口が下手なのか知りませんが、意は伝わっているのかもしれませんが。
 要するに、今まで決めてきた一つの過程があります。それに、今回は、先ほどから言っているように、新しいまちづくりをやろうじゃないかということで来たわけですから、それまでの前提をここで変えようと。これは、国が政策判断としてこうやってやるんだから、だから、その分は国が除染についてはやろうということで御理解を願いたいと思います。
○高橋(千)委員 絶対理解できません。絶対説明になっていないと思いますね。
 こればかりやっていられないので続きをやりますけれども、やはり、拠点をどのくらい設けるか、自治体によって違うと思いますが、拠点のみでなく元居住エリアは同時に除染してほしいというのが強い要望なわけであります。
 私、昨年二月の予算委員会で、富岡町の居住制限区域と帰還困難区域が道路一つ隔てている地域、これは片っ方だけ解除されても片っ方が全然除染されていないとだめですよという指摘をして、町からの要望もあって、境界線から五十メートルまで除染をしてくれた、そういうことを年末に確認してまいりました。これは、桜祭りも、だからこそできたんだろうと思うんですね。
 やはり、考えてみたら、拠点というのはどうしたって飛び地になるわけですよ。だけれども、そこは人が行き交うわけなんですね。
 だから、私がまず今主張しているのは、その居住エリアは少なくとも一体的に整備すべきではないでしょうか。居住エリアというのは、元居住エリアですよ。今拠点になるところと元居住エリアは、飛び地にしないで一体的にやったらいいんじゃないですか。
○長沢副大臣 お答えさせていただきます。
 先生今御指摘になったのは、富岡の夜の森地区だというふうに思います。もともと住宅地域で、道路で線が引かれているというところを、もうちょっと深く除染をしてくださいという御要望もあって、五十メートルという除染をされている地域でございます。
 その夜の森地域を例えば例にとりますと、あそこはほかのところとつながっているからいいんですけれども、帰還困難区域の中に飛び地的に拠点を整備するということは、そこに人が住んだりする、あるいは新たに人が外から来たりする、コミュニティーをつくるということですので、コミュニティーをつくるということになれば、その具体的なコミュニティーをどう利用するかという利活用の問題が当然ありますけれども、そことのアクセスも、避難指示が解除されている地域と結ぶ道路、こういうところについては、安心して通行、利用できるようにしなければならないというふうに考えておりますので、その際、除染がなされていない道路であれば、それは計画に位置づけて除染を行うことがあると思っております。
○高橋(千)委員 確認をしました。
 それで、さっき、どうしても東電に求償しないんだという議論がありましたけれども、そうすると、予算の範囲内という考えが働くわけですね。
 帰還困難区域が面積の八割を占める浪江町の馬場町長が、国費を投じる公共事業となると必ず費用対効果の議論が持ち上がる、人が戻らない、戻る人数が少ないと事業を行わないということになり、結局、全エリアの除染が行われない可能性が高いと、三月七日付の毎日新聞ですが、指摘しているのは、やはり私はそのとおりだと思うんです。
 これは最後の資料ですが、朝日新聞の二月六日付に、帰還困難区域、解除は五%にすぎない、面積が、こういう大変衝撃的な記事が載りました。
 復興庁に言わせると、そんなことを言った覚えがないというふうに言うわけですけれども、ただ、非常に記事は根拠があるんですよ。試算が出る前提として、もともとなかった予算、さっきから言っているじゃないですか、位置づけていなかったと言っているわけですから、予算がなかったわけです。では、どこから捻出するのか、あるいは捻出できる範囲となればおのずと面積も限られてくるだろう、そういうふうに想像がつくわけなんですね。
 そういう意味で、復興予算、あと四年で、全体六兆五千億円と言われておりますけれども、そういう中で、まして復興庁もあと四年です。誰がここに責任を持つんですか、大臣。
○今村国務大臣 この件は、まだこれから特定復興拠点をどういうふうにつくっていくかということ、これは、地元の皆さん方とよく話をしながら一番いい方法を選んでいこうじゃないか、そういうことで進めていくわけであります。
 ですから、それに沿った対応で予算も、お金の面といいますか、そういったものも必要なものは見ていくということであるわけでありますので、ぜひ、そういった魅力のあるまちづくりを進めていかれるように、また我々もいろいろなアドバイスをしながらやっていきたい。
 予算の面では、そういったことで、その趣旨に沿った、本当にいい拠点づくりができるように、我々もしっかりと確保してまいりたいというふうに思います。
○高橋(千)委員 責任が持てないのに、責任をとるという話ばかりしていると思います。極めて問題だと指摘をして、終わります。

 

――資料――

2017年4月11日東日本大震災復興特別委員会配布資料

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