国会質問

質問日:2016年 11月 1日 第192国会 東日本大震災復興特別委員会

台風10号被災事業者支援、石巻市大川小で児童・教職員が亡くなった事件について

復興途上、特別支援を
東北台風被害 高橋氏が要求

 日本共産党の高橋千鶴子議員は1日の衆院東日本大震災復興特別委員会で、台風10号で甚大な被害を受けた東北地方への支援を求めました。
 高橋氏は「東日本大震災からの復興途上の災害だという点を考慮し、特別の支援を」と要望。震災でグループ補助金を受けた事業者の自己負担分の返済が始まるなか、新たな支援が必要だと述べました。高木陽介経済産業副大臣は「支援策を総動員し、柔軟に対応したい」と答えました。
 高橋氏は、東日本大震災の津波で児童と教員が死亡した宮城県石巻市立大川小の事件について「子どもが助からなかった理由を知りたい遺族の気持ちは当然だ」と述べつつ、判決では、亡くなった教員だけが責任を問われたが、国や行政の責任はどうだったのかと述べ、「マニュアルだけが積みあがっても生きたものにはならない。徹底検証で教訓を共有し、学校独自の対策を」と求めました。
 また、文部科学省の有識者会議で、遺族が「子どもの命をみんなで考える話し合いを求めていた」と語ったと指摘。「遺族を含めた協議の場であった文科省主導の円卓会議を2回でやめてしまった。遺族の期待に応え、真相に迫るチャンスを逃したのでは」とただしました。
 高橋氏は、被災児童の心のケアなどのために教職員を加配する措置の継続も要望。田野瀬太道文科政務官は「息の長い支援に努める」と答えました。
(しんぶん赤旗2016年11月4日付より)

 

――議事録――

○高橋(千)委員 日本共産党の高橋千鶴子です。
 岩手、北海道を中心に大きな被害をもたらした台風十号からちょうど二月が過ぎました。私は、九月二日に岩手県久慈市、岩泉町、宮古市に行き、地元議員らとともに市長らの要望も聞き、六日には防災大臣に党対策本部として申し入れを行っております。特に久慈市は、本委員会として五月に、グループ補助金を使って再建を果たした水産加工業などを視察したばかりでありました。まさに東日本大震災からの復興途上の災害となった、そこを考慮した対策であってほしいと思います。
 そこで伺いますが、東日本大震災で被災して中小企業グループ補助金などで事業を再建した事業者が、このたびの台風で再び災害を受けておりますけれども、状況をどのように把握していらっしゃるでしょうか。
○木村政府参考人 御指摘の中小企業等グループ補助金でございますけれども、これまで岩手県では千三百九十六の事業者に対しまして交付決定をしてございますけれども、今回の台風十号に係る中小企業被害の、激甚災害に指定されております宮古市、久慈市、岩泉町、約三百の事業者に交付決定をしていると承知してございます。
 このうち、台風十号によって被害を受けた事業者の数でございますとか、あるいは復旧の状況、被害の状況、こういったものにつきましては、現在、地元の事業者の方を一番よく御存じの岩手県庁と連携をいたしまして丁寧に調査を行っているところでございまして、まだ現時点では取りまとまっておりませんけれども、引き続き状況の把握に努めてまいりたいというふうに考えてございます。
○高橋(千)委員 通告していたので答弁があるかと思ったのですが、正直ちょっとびっくりしました。県と相談してとおっしゃっているんですから、県が今つかんでいる状態をまずつかむことが大事なのではないかと思います。
 十月三十一日付の岩手県商工労働観光部の経営支援課によりますと、宮古市では、グループ補助金対象事業者が二百五十三、うち台風で再被災をした事業者は百三十八、五四・五%に上ります。久慈市は、三十六のうち九、二五%、岩泉町は、七のうち四、五七・一%という非常に高い比率で再被災をしているということがおわかりかと思うんですね。
 市長らは、商店主らがもう一度頑張ると言ってくれるだろうかと、私たちが伺ったときに開口一番、口にいたしました。それが九月二日のことなんですけれども、またその後、我が党県議団の第二次調査に対しては、宮古市や久慈市の商工会議所からは、もう一度立ち上がるのは本当に大変、大震災のときのようなグループ補助をやってほしい、融資ではなく直接的な補助をしてほしい、このような訴えが口々にございました。
 こうしたことを踏まえまして、改めて、復興途上の台風被害に対し新たなグループ補助などの支援が必要と思いますが、いかがでしょうか。
 また、返済が始まったばかり、これは四分の三補助ですので、その残りの部分が融資によっているということでは、返済がようやっと始まった、あるいは来年からということになっているんですね。これがまたダブルになっている。このことを考慮した資金繰り支援について高木副大臣に伺います。
○高木副大臣 今委員御指摘のように、震災で厳しい状況の中でグループ補助金でようやく立ち上がったところに、この台風の被害で、また再び厳しい状況になったということに対しましては、本当に何とかしなければいけない、こういう思いであります。
 その中で、今御指摘ありましたようなグループ補助金の問題でございますけれども、東日本大震災また熊本地震のような広範囲ではないため、今回、グループ補助金の要件には該当しておりません。しかしながら、被災地の一日も早い復旧を目指し、あらゆる中小企業、小規模事業者向けの支援策を総動員して、きめ細かな対策を講じていきたいと考えております。
 具体的には、発生直後より実施し、激甚災害指定に伴って拡充をしました政策金融、信用保証による資金繰りの支援、直接支援をしてもらいたいというふうに今委員御指摘ありましたので、二次補正予算に計上しました革新的ものづくり・サービス関連支援事業、また小規模事業者持続化補助など、設備投資や資機材の購入に活用できる各種補助金を柔軟に組み合わせることで、被災した中小・小規模事業者の実情に即して提供してまいりたいと考えております。
 一方、もう一つの御質問にありました、グループ補助金の自己負担分についてでございますが、無利子、長期の中小機構と県による高度化融資制度があるが、返済が困難となった場合の償還猶予などにつきましては、県と連携して、被災中小企業者の個々の事情に応じて柔軟に対応することとしております。また、自己負担分について政府系金融機関から借り入れをしている場合にも、既にある借入金返済条件緩和など柔軟に対応することとしておりまして、このような取り組みを通じて、被災事業者にしっかり寄り添いながら取り組んでまいりたいと考えております。
○高橋(千)委員 柔軟にということと、総動員してというお答えでありましたので、しっかりとお願いをしたいと思います。
 三十日付のデーリー東北に、久慈中心街再起という記事が載りました。中心商店街で多くの店舗が営業を再開し、復活の兆しが見えるというものでした。常連客や観光客に励まされ、一時は廃業を検討した業者が翻意して再建を選択したということでありました。創業五十一年の料理屋さんが、一メートル以上浸水をした店内を、内装を一新して再建した。これは大変なことだったと思うんですけれども、五十年以上やってきた仕事だから、商売をやめれば人生が終わりみたいな感じがした、こうおっしゃっている。この商売人の心意気といいますか、決意に応えてほしいと思います。
 そこで、今村大臣にもぜひ同じ質問を伺いたいと思うんですが、復興途上の、ようやく再建できた矢先の台風災害だという立場で、特別の支援、ぜひお願いしたいと思います。いかがでしょうか。
○今村国務大臣 本当に、やっと立ち上がってきたところをがつんと台風被害を受けたということで、本当に大変だというふうに思っております。しかし、ぜひ、これにめげずに立ち上がってほしいと思っております。
 復興事業を実施中のところが途中でこういう被災に遭った場合、これは当然、やろうと思えば継続できるわけですけれども、終わった後をどうするかという課題はあると思います。しかし、先ほど高木副大臣の話にもありましたように、いろいろな仕組みがありますので、そういったものを総動員して、とにかく被災地の皆さんが元気を出して立ち上がっていかれるように、復興庁としてもいろいろな形でまた御支援をしてまいりたいというふうに思います。
○高橋(千)委員 あとは要望にしますけれども、岩手県は、九月補正で、地域なりわい再生緊急対策交付金という形で県単事業を始めています。二〇一三年にも豪雨災害があって、盛岡市の繋温泉など有名な温泉施設が孤立し、また甚大な被害を受けたわけですね。そうしたときにつくった仕組みを参考にして今回拡充をしたということであります。国としてこういう自治体の取り組みを特別交付税で支援するなど、さまざまなことができると思いますので、重ねて要望をしておきたいと思います。
 では、次の質問に移りたいと思います。
 東日本大震災により七十四名の児童と十名の教職員が死亡、行方不明になった宮城県石巻市大川小学校の児童二十三名の遺族が市と県に損害賠償を求めた訴訟で、二十六日、学校の責任を認める判決が出されました。三十日には市議会で控訴を議決、また、宮城県も翌日、知事が控訴を決定しました。
 私は何度も現場に行っておりますが、いつ行っても、花を手向ける方が絶えません。我が子を失った親たちの深い悲しみや喪失感を思うと、打ちのめされる思いがあります。なぜ我が子が助からなかったのか知りたい、そう思う気持ちも当然だと思います。でも、本当は、裁判ではない道がなかったのか、それが言いたいことなんです。
 遺族らが提訴に踏み切ったのは、二〇一四年三月十日。訴状の序文には、津波により死に至ったのではない、学校にいたから死ななければならなかった、もし先生がいなかったら児童は死ぬことはなかった、明らかな人災であるとあったのです。そして、判決の瞬間、学校、先生を断罪という横断幕を見たときに、私は言いようもないショックを受けました。
 確かに、判断を誤った、遅過ぎたことは、既に争いのないことであります。でも、先生たちだって亡くなっています。判決では、市の広報車が来てから津波が来るまでの七分間の判断が問題となり、生存した一名を除く教員らがと特定をされ、逆に言えば、亡くなった先生たちだけが回避義務違反に問われたのです。しかし、国や行政にその責任はなかったのでしょうか。個人の過失にしてしまえば、二度と同じことがないようにという思いも生かされないと思います。
 そこで、文科省に伺います。
 ことし三月に文科省は、学校事故対応に関する指針を発表しました。大川小学校の津波被災についても保護者らからヒアリングを行ったといいますが、その声が指針にどのように反映されたのでしょうか。
○藤原政府参考人 お答え申し上げます。
 委員御指摘の学校事故対応に関する指針につきましては、これまで学校の管理下において発生したさまざまな事故の教訓を踏まえまして、今後、同様のことが起こらないよう、再発防止と事故後の対応のあり方などについてまとめたものでございます。
 この指針の策定に当たりましては、大川小学校事故の御遺族を初めといたしまして、部活動中の事故の御遺族など、さまざまな関係者の御意見を伺いながら、学識経験者等によって検討を行ったものでございます。
 そのため、特定の御遺族の意見のみを反映したものではありませんが、例えば、大川小学校事故の御遺族からは、遺族と学校双方にコミュニケーションをとれるコーディネーターの必要性があったのではないかという御意見があったところでございまして、この指針におきましては、コーディネーターの役割について記載をしているところでございます。
○高橋(千)委員 今の指針によりますと、事故発生後速やかに着手する基本調査というのは、調査開始から三日以内を目途に終了して、一週間以内には保護者に結果を説明すると書いてあります。私は、まさにここが、本当に保護者の思いが反映したものだと思うんです。市教委の対応、なぜすぐ説明しなかったのか、もっと言えば、すぐに謝罪をしなかったのか、あるいは、さまざまな聞き取った証拠をなぜ破棄してしまったのか、そこに大きな不信感を抱いたことが、今回の訴訟に踏み切らざるを得ないところまでなってしまったのではないか。本当に、返す返すも残念でなりません。
 今、指針の話をしましたけれども、学校のマニュアルは、今回の安全対応のみならず、例えばいじめ、不登校対策ですとかアレルギー対策など、さまざまあるわけです。分厚いマニュアルだけが積み上がっても、生きたものにはなりません。再発防止のためには、一般的な防災教育のみならず、その立地条件や環境に即した避難計画と訓練、地域住民との連携などができていたのか、そして、するべきだという立場に立たなければならないと思うんです。
 大川小学校の危機マニュアルには、津波の発生の有無を確認し第二次避難所へ移動すると書いてあります。ところが、その第二次避難所とは、近隣の空き地、公園としか書かれていない。これは存在しないんですね。大川小学校の付近には空き地も公園もありません。こういうマニュアルをつくっていたこと、それは全体の責任だと思うんです。
 なぜ、日常的に裏山を避難場所として整備したり訓練しておかなかったんだろうか。学校の管理下にあって児童が亡くなったのは大川小学校だけであります。では、ほかの学校とどこが違うのか、徹底検証するべきではないか。教師は二年から三年で転任があって、被災地の学校も、直接津波を経験した教員が激減している状況であります。だからこそ、徹底検証とその教訓の共有、各学校独自の対策が必要ではないでしょうか。いかがですか。
○田野瀬大臣政務官 お答え申し上げます。
 委員御指摘のとおり、東日本大震災の教訓を踏まえ、学校それぞれの実情に応じた防災マニュアルを作成するとともに、地域住民と連携した訓練等々を実施することは極めて重要であると認識をいたしておるところでございます。
 文部科学省におきましては、平成二十四年三月に、学校防災マニュアル作成の手引きをつくりました。また、平成二十五年三月には、教職員向け参考資料「「生きる力」を育む防災教育の展開」をそれぞれ作成、配付させていただきまして、学校それぞれの実情に応じた防災マニュアルの作成や、さまざまな状況を想定した避難訓練の実施等を促してきたところでございます。
 また、平成二十四年度から実施しております防災教育を中心とした実践的安全教育総合支援事業におきまして、外部有識者を活用し、各学校の防災マニュアルや避難訓練の改善を促進するとともに、同事業のモデル校において取り組まれた先進的な事例を全国に紹介し、各学校の取り組みの改善につなげてまいったところでございます。
 今後とも、全ての学校におきまして実効性のある防災マニュアルの作成や避難訓練が行われるよう、各教育委員会、学校に対し、適切に指導してまいりたいと思います。
○高橋(千)委員 マニュアルが積み上がるだけにならないように、しっかりとお願いしたいと思うんです。
 そこで、ちょっと問いを飛ばすんですが、大川小学校の事故検証委員会に先立って、文科省、県教委、市教委、遺族という四者による円卓会議を二〇一二年十一月に開始していますが、これはどうなったんでしょうか。
○藤原政府参考人 お答え申し上げます。
 委員御指摘の文部科学省、宮城県教育委員会、石巻市教育委員会及び御遺族の四者から成ります円卓会議につきましては、大川小学校事故検証委員会による検証の前提となる検証の枠組みや、その進め方について意見交換をするために設けられた場でございまして、平成二十四年十一月三日と二十五日の合計二回、開催されたところでございます。
 この会議におきましては、大川小学校事故検証委員会の枠組みや検証の進め方について、御遺族と一定の合意を議論の上得たところでございまして、その後、この検証委員会による検証が実施されていったと承知しております。
○高橋(千)委員 第一回の円卓会議に出席した、当時、民主党政権でありましたので、笠浩史文科副大臣は、大川小学校の裏山に入り、ここまで登れば助かったという高さまで登りました。市教委に対し不信感を募らせていた遺族にとっても、文科省が直接乗り出し、遺族も含めた協議の場に期待していたのではなかったのでしょうか。
 先ほど紹介した、事故対応に関する指針のために文科省が昨年九月に行った大川小学校遺族へのヒアリングの中で、このようなことを述べられています。
 検証委員会の設置は遺族が望んだわけではなかった。遺族は話し合いを望んでいた。いつまでも遺族対市教委という図式ではなく、子供の命をみんなで考える、そういう丸くなった話し合いをしていく方向性が示されたのに、突然、第三者に丸投げの検証委員会が市議会に提案された。
 丸くなった話し合い、それこそが円卓会議ではなかったのか。
 最後に、御遺族はこうも言っています。
 遺族に向き合ってもらいたいということが第一だ。検証委員会が始まる前の円卓会議のときに話していたが、検証委員会なんか必要なく、この円卓会議をずっとやっていればいいんじゃないか。当事者同士が、市教委、県教委、遺族、総務課長、いろんな有識者を招いて話をしていけば、本当に何かという部分が見えてくるのではないかと思う。本当は検証委員会の委員に遺族を入れてほしかったと言っているんですね。
 せっかくの遺族の期待に応え、真相に迫るチャンスを逃したと言えないでしょうか。
○田野瀬大臣政務官 お答え申し上げます。
 大川小学校事故検証委員会は、その性質上、公正中立な検証を行うという必要がございましたもので、円卓会議の構成員でありました文部科学省、宮城県教育委員会または石巻市教育委員会及び御遺族、この四者からの委員の選任は行っておらないということでございます。
 ただし、先ほども御答弁させていただきましたが、円卓会議におけますこの四者の合意を踏まえさせていただきまして、御遺族との関係におきましては、同検証委員会において意見交換の場を複数回、御遺族と持たせていただいておったり、検証委員会が終わってから御遺族に対する報告会を行う等々、御遺族の御意見を十分に聴取させていただきながら検証を進めさせていただいたものだと承知をさせていただいておるところでございます。
○高橋(千)委員 やはり、国としても行政としても、真摯にここに向き合うべきです。チャンスを逃したと私、今言いました。それは、確かに公正中立、第三者の委員会が必要だというのであれば、逆に円卓会議の枠組みを残してもよかったんですよ。そうやって提案をされているのに、結局、それが曖昧にされたからこそ、封印されたからこそ、今のような本当に対立する図式になっている。それを誰も望んだのではなかったということを重ねて指摘したいと思います。
 大川小学校の残った子供たちは、二俣小学校の敷地内仮設校舎、敷地内と言っていいかわからないんですが、ことし春で全員が卒業しました。しかし、再来年には、この学校は二つが完全に統合し、大川という名前がなくなります。
 この間、子供たちがどんなふうに過ごしていたんだろうかと聞きました。避難訓練で教師たちが集まって相談している姿を見るだけで、あの校庭に長い時間待機させられたときのことがフラッシュバックして、動揺するそうです。心のケアは本当に長く重要だと思います。そして同時に、その子供たちを支える先生たちも支えなければなりません。
 被災県の教職員の加配について、どのように取り組んできたのでしょうか。
○田野瀬大臣政務官 お答え申し上げます。
 被災した児童生徒に対するきめ細やかな学習支援、心のケアに継続的に取り組むこと、そして学校再開に向けた指導体制を整備することは極めて重要であると、委員御指摘のとおり、私どもも受けとめさせていただいておるところでございます。
 このため、震災対応のための教職員定数の加配措置につきましては、これまでも、関係県からの要望を踏まえて、申請どおりの措置を行ってまいったというところでございます。
○高橋(千)委員 申請どおりの措置をとおっしゃっているわけですが、もう少し数字なんかもおっしゃってもよろしかったと思うんですよね。被災県で合わせて千人くらいということなんですが、問題は、加配を毎年申請しなければならないんです。せっかく教師集団としてできた固まりなんだけれども、来年この人来るかしらと心配しているんだったら、これはできないわけですよ。だから、せめて三年は確実に確保すべきだ、そして、来年度以降も確実に手当てするということをお約束いただきたい。
○田野瀬大臣政務官 お答え申し上げます。
 文部科学省といたしましては、被災した児童生徒に対する学習支援、心のケア、学校再開に向けた指導体制整備について、財源等も踏まえまして、中長期的に継続した対応が必要であるんだと、委員御指摘のとおり、思いを同じくいたしておるところでございます。
 平成二十九年度概算要求におきましても、前年度同様、先ほども委員おっしゃっていただきました約千人の加配措置を継続させていただいております。
 今後とも、被災地からの要望等を踏まえて、息の長い支援にこれからも努めてまいりたい、そのように思っているところでございます。
○高橋(千)委員 息の長い支援と言っていただきましたので、心強く思いたいと思います。あわせて、単年度ではなくというところをぜひ、この間もいろいろな、基金ですとかそういう枠組みの中で単年度主義を乗り越えてきた分野もありますので、御検討をいただきたいと思います。
 文科省に調べていただいたら、全国で約五千人前後の教職員が精神疾患で病気休暇をしているという状態であります。先生方も本当に疲弊し切っています。安全対策、学力向上、体力向上、いじめ、不登校対策、さまざまな課題が先生方の肩に全部のしかかっている。本当に子供たちにとって学校が安全、安心の場であるためにも、本当に安心できる教職員の確保にしっかりと取り組んでいただきたい、このことを要望して質問を終わります。
 ありがとうございました。

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