お便り紹介

公務災害の認定についてー山田さん

こんにちは。

むつ市に住む山田徹と申します。

11年前に青森県立田名部高校に初任者として赴任しました。

4月に22日の連続勤務や三週間で80時間を超える残業で「うつ状態」になりました。(病院へ行ったのは5月11日)

その他、初任者ではこなせないような仕事をふられ薬を飲みながら6月まで働いていました。(県教組の方も病気になってもおかしくないとおっしゃっています)

6月にめまい、吐き気が続き、有休を使って仕事を3日休みました。また父の手術で一度半日休を使い休みました。また初任者なのに教育実習生二人持ちました。

7月に校長室に呼ばれ有休を使ったのを咎められ、父の手術で半日休使ったのも「代わりにつく人はいなかったのか」という暴言を受けました。また一度も授業を見に来てない校長が「お前は暗い顔で授業しているに違いない」と決めつけられ「有休を使い過ぎると解雇する」と雇用不安を与えられました。

8月に「うつ病」と診断され、疲れ果てて自殺をしようとしました。遺書も書きました。母が見つけて大事には至らなかったのですが、その後両親が学校に駆け込み病気休暇を取らせて貰えるように行ったのですが、校長が「初任者は病気休暇がとれない」と虚偽の発言をされ休めませんでした。その後組合に加入したのですが組合に加入したことを教頭に「耳障りのいい人ばかり回りにおきやがって」とその事も咎められました。

組合の書記長が学校に駆け込み病気休暇を取らせて貰えるようになったのですがその間も休日出勤を命じられたり「なんで早く治らないんだ」という暴言を受けました。3月になり少しずつ出勤出来るようになったのですが3月18日に「試用期間中の成績不良で解雇する。履歴書に解雇という事実が書かれたくなければ自己都合退職届を出せ」と県教委に言われ、また教頭に「解雇になれば教員免許取り消しになるから出せ」と言われ出すしか有りませんでした。解雇理由は協調的でないとか抽象的な事しか書いていませんでした。

精魂疲れ果てて暫くは訴える気力すらなく五年後、当時のうつ病を公務災害として申請しましたが、パワハラについて「事実確認が出来ない」との一点張りで現在本部基金に再審査請求中です。パワハラに関して第3者が証言してくれてます。うつ病が長引き今は精神障害者となってしまい生活保護と障害年金で細々と暮らしてます。夢をもって、子供たちに夢を与えるために教員なったのに人生がめちゃくちゃになってしまいました。父が亡くなり生活保護を受けていたので満足にお葬式も上げれませんでした。折角頑張って教員試験突破したのに。今はまず公務災害の認定して貰えるように頑張ってます。公務災害基金青森支部は当時の同僚に調査したとは言ってますが、直接当時の同僚に聞いたら公務災害基金青森支部からは全く連絡がきてないとあまりにも杜撰な対応がみられます。このまま泣き寝入りするのはあまりにも辛いです。なにかよい解決方法はないでしょうか?ご教示下さい。お願い申し上げます。

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